「森林の再生 -放置された森林の新陳代謝をはかるこころみ-」上原 巌(森林総合科学科)

相馬地方の放置林における間伐実施のこころみ

東京農業大学・東日本支援プロジェクトでは、2011年より相馬地方の森林に複数の定点観測地を設け、継続的に放射性セシウムの測定を行ってきた。その定点モニタリングの結果、2018年頃より観測地の樹木の枝葉などの採集サンプルからは、セシウム134(半減期約2年)、137(半減期約30年)ともに検出されないケースが少しずつ増えてきている。自然種子散布による広葉樹、針葉樹の実生では、その双方が検出されない個体の増加もみられるようになってきた。これらの結果をふまえ、2019年からは相馬地方森林組合に作業委託をし、各地の私有林において間伐を実施してきた。2019年10月は相馬市今田地区のスギ林(36年生)、2020年12月には南相馬市原町区のヒノキ林(32年生)、2021年12月には、相馬市玉野地区のコナラ、クリ等を主林木とする広葉樹二次林においてそれぞれ間伐を実施した。いずれも50%の強度間伐を行ったところ、林床の相対照度が向上し、新生の樹木の実生が確認された。

ヒノキ林における間伐の実施と林床照度、植生の変化

上記の間伐実施の結果をふまえ、2022年12月に南相馬市小高区のヒノキ若齢林(約20年生)において間伐を実施した。実施した林分の平均樹高は約8m、平均胸高直径は約12㎝であった。
間伐実施半年後の2023年6月に林床の相対照度を測定したところ、間伐前の約6%から間伐後は約37%と飛躍的に林内の明るさが改善された。
これに伴って、間伐実施半年後の2023年6月および9月の2回に分けて同林床の植生調査を行ったところ、40樹種以上の新生の樹木実生が確認され、その発生状況および成長スピードは、2020年に間伐を実施した原町区の30年生のヒノキ林よりも旺盛であった。ウルシ、コシアブラ、ホオノキ、ハリギリなどの陽樹のパイオニア樹木をはじめ、シデ類、カエデ類などの風散布樹木、そしてサクラ類、ガマズミなどの鳥散布樹木が確認された。コブシ、クロモジなどの薬用樹木も発生し、これらの樹種構成の多様性は2021年に間伐を実施した相馬市の広葉樹二次林の状況とほぼ同レベルであった。これらの実生の発生には、埋土種子の発芽のみならず、間伐による自然散布樹木の導入効果もうかがえる。福島にとって、キノコ原木としても有用なコナラ、クリの発生が数多く見られたが、ヒノキ林分の周囲に広葉樹林はなかったため、これらは、主に動物による種子散布であると思われる。また、発生した実生の中では、クリの成長が特に著しく、中には、1mを越える個体もみられた。現在、日本各地で放置されたスギ、ヒノキ林床の貧弱な植生によって、土壌流亡や土砂災害が発生しているが、今回の間伐によって発生したこれらの樹木はその災害防備の効果を持つことも期待される。確認された樹木は下記の通りである。

落葉広葉樹

ウルシ、ハギ、マルバアオダモ、ガマズミ、エゴノキ、ウリカエデ、ツツジ、ミツバアケビ、ツクバネウツギ、ヤマザクラ、リョウブ、ハリギリ、コウヤボウキ、ホオノキ、アオハダ、ヤシャブシ、オトコヨウゾメ、コナラ、ミズナラ、ウリハダカエデ、クリ、クマシデ、サルトリイバラ、コシアブラ、フジ、ウグイスカズラ、アブラチャン、ネジキ、クロモジ、エンコウカエデ

常緑広葉樹

イヌツゲ、ヒサカキ、チャノキ、シラカシ、ヤブコウジ、ヒイラギ、アセビ

常緑針葉樹

スギ、ヒノキ、アカマツ

間伐後に林床に芽生えた有用広葉樹

各研修会の実施

2023年度は、5月に福島県県立相馬高校にて学校訪問型の農学サマースクールを実施し、6月には同高校にて相双地区の高校の理科の先生方対象の研修会を、9月には、小高区の間伐実施のヒノキ林にて、相馬地方森林組合の若手職員職員対象の研修会を実施した。相馬高校では、近隣の相馬神社、馬稜公園にみられる樹木の解説や採集、また樹形の観察などをおこない、理科の先生方にも教材研究の一環として同様の研修会を実施した。相馬地方森林組合の皆様方には、連年の間伐実施の御礼とともに、各森林調査の手法や、林床植物の解説と若齢ヒノキ林における間伐実施の効果について説明をおこなった。研修会では、山林所有者の方のお話を拝聴することもでき、有意義であった。

放射性セシウムの測定

本年度も植生調査とあわせて実生樹木枝葉や林床土壌を採取し、その放射性セシウムの測定もおこなった。森林土壌では、深さ5㎝からのサンプルからは約10万ベクレルのセシウム137が検出された。しかしながら、深さ10㎝の土壌層になると4000ベクレルと、約20分の1以下にその数値は急減した。このことから、小高区の当地の森林土壌においても、放射性セシウムはその表層に滞留していることがうかがえる。林地の落葉層は約13,000ベクレル、コシアブラの実生は約25,000ベクレルと高かったが、ヒノキやコナラの実生はいずれも1000ベクレル前後であった。

今後の相馬地方の山林における展望

今後の相馬地方における森林再生の施業方策としては、林内の放射性セシウムのモニタリングを継続して行いつつ、間伐による高木の伐採とその萌芽更新による若返り、新陳代謝をはかり、開空度と林床照度を高めることによって樹木の天然更新(風散布、動物散布等)を促進し、針広混交林を形成していく手法が考えられる。
今後も継続して相馬地方の森林保育、森林保全作業に携わっていきたい。